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手段が目的化するニッポン

公開:2025/4/6

「手段の目的化」という現象が、日本の政治や行政、企業活動、教育現場において深刻な課題となっている。これは「本来解決すべき課題」が不明確なまま、「何かをすること」自体が目的化してしまう現象である。本来のゴールを見失い、「動いている感」や「実績作り」に終始する。その結果、肝心の問題解決が進まないという事態が起きている。

目次

データ収集は“目的”ではない

典型的な例のひとつが「データ収集」だ。企業でも行政でも、現場の状況を可視化するためにデータを収集するのは当然のことだが、いつの間にか「データを集めること」自体が目的になってしまいがちだ。本来は、集めたデータをもとに現状を分析し、意思決定や改善策につなげるべきだが、「とにかくデータを取ること」が仕事になってしまい、肝心の分析やアクションは後回しになる。

教育無償化は「目的」なのか?

政治の世界でもこの傾向は顕著だ。たとえば、最近注目された「教育無償化」。一見、耳ざわりの良い政策だが、「何のために無償化するのか?」という問いへの答えが不明瞭なまま議論が進んでいる。

本来、教育無償化は教育格差の是正や、家庭の経済的負担軽減を通じて、学習機会の公平性を高め、ひいては人的資本の向上を目指すための「手段」に過ぎない。しかし、目的の定義や現状の課題分析がないままに「無償化」という手段だけが独り歩きすれば、それはただの人気取り政策で終わってしまう。

「公約=手段」では本質を見誤る

政治家の公約でも同様の構造が見られる。たとえば「減税」や「増税」というワードが掲げられることがあるが、これはあくまでも“手段”であり、“目的”ではない。重要なのは、減税や増税によって「どんな課題をどう解決するのか」というビジョンである。

本来、公約は「解くべき課題(イシュー)」と「それが解決された状態」を明示するものだ。手段をそのまま公約にしてしまえば、議論は「方法論の善悪」だけに終始し、本来議論すべき「課題の定義」や「目的の達成状況の評価」がすっぽり抜け落ちてしまう。

手段が絶対視される組織の例

この構造は、企業組織の中でも多く見られる。たとえば、業績回復を目指してプランA、プランB、プランCを検討したとする。最終的にプランAが選ばれたとき、本来なら「業績が回復するかどうか」を評価軸にするべきだ。しかし、プランAを実行すること自体が目的化してしまい、「プランAを遂行すること」がミッションになってしまう。

仮に業績が回復しなかった場合、本来なら原因分析を行い、プランBやプランCへの切り替えを検討すべきだ。しかしプランAへのこだわりが強すぎると、「業績を回復する」という本来の目的が忘れ去られ、手段のための手段に陥ってしまう。

こども家庭庁の設立は何を達成したのか?

政治の話に戻ろう。少子化対策の一環として設立された「こども家庭庁」。この省庁の創設自体がメディアでは大きく報道されたが、その後の議論はどうだろうか?

日本の出生率は依然として下がり続けており、「こども家庭庁を作ったこと」に満足してしまっているように見える。出生率を上げることが目的であるならば、そのための具体的なアクション、成果、課題の検証が伴わなければ意味がない。「何のために作ったのか」「その手段は本当に効果があったのか」を定量的に評価し、必要なら別の手段を講じるべきだ。

日本政府は出生率1.8の実現を目標に掲げているが、こども家庭庁の創設や教育無償化はあくまでそのための「手段」にすぎない。手段を掲げるだけでは出生率は上がらない。その手段によって「目的が達成されたか」をこそ問うべきである。

手段を相対化し、目的を見失わない

日本社会全体に漂う「手段の目的化」の風潮を変えるには、「何のためにやるのか?」という問いを、あらゆる場面で繰り返し問う姿勢が欠かせない。どんな政策も制度も、企業戦略も、それ自体は“手段”である。状況に応じて、柔軟に手段を見直し、本来のイシューを見失わないことが、今の日本に求められている最も大切な思考態度ではないだろうか。

まとめ

「手段が目的化する」という現象は、政治、行政、企業活動、さらには教育現場においても共通して見られる構造的な課題です。手段は本来、ある目的を達成するための道具であり、それ自体がゴールとなってしまうと、本来取り組むべき課題が見えにくくなってしまいます。

重要なのは、「何を解決したいのか」という本質的な問いを常に意識し、その目的に最も適した手段を選択・運用していくことです。そして、成果が上がらない場合には、手段を見直し、柔軟に別のアプローチへと切り替える姿勢が求められます。

社会や組織の複雑化が進む今だからこそ、手段と目的を混同せず、目的に立ち返って行動を設計していくことが、より実効性の高い政策や施策につながるのではないでしょうか。